奈良に行ったおかげで「お寺」が目につくようになりました。

今日、いつものカフェから見える気づいていなかった小さな神社を発見。

それに、家の近くに大きなお寺があるのにまだ行っていませんでした。


3週間前くらいに、たまたまNHKの番組で海外の街を歩く目線で追うものを観て、

そこの住人が「ここは神様がいるから安心なの」という言葉を発していて、

思わずiPhoneのメモ帳にメモしてしまったくらいのインパクトがありました。

そして、ようやくその意味が私も共感できるようになっていました。


「祈る」ということが日々なかったので、

奈良へ行った時、お寺で何度も「祈る」をしている自分は、

すこしの違和感がありました。

しかも、なんだか難しいのです。


映画にも「食べて、祈って、恋をして」ってありましたけど、

「祈って」の部分に今回の旅で向き合うことになるとは、

私にとって自然の流れだったのでしょうか?

こういうのは、後からいつも気付きます。


「祈る」ということは、自分の気持ちにつながることなのではないかと

私なりの解釈でそう思いました。


「ゆっくりする」ことが苦手だった私は、

今は「ゆっくりする」ことができるようになりましたが、

次なる課題?は、「祈る」かなと。

日常に「祈る」というのも加えていこうかと思い始めています。



★おまけ

薬師寺近く田舎料理「草ノ戸」万葉弁当です。

おいしくいただきました。


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